イントロダクション
最初その街は無色透明でした。東京郊外のその街。でも、しばらくその街で呼吸をし、人と触れ合ううちに、その姿は全く違うものに変わりました。人間臭く、頑固で、どこか懐かしさを感じる街にです。それが東京都府中市。
答えはすぐ見つかりました。府中には太古からの歴史があり、武蔵国の六所宮として鎮座している大國魂神社がありました。府中の人々の生活が神社を拠り所に営まれ、そして精神(こころ)の中心に「くらやみ祭」があったのです。「くらやみ祭」・・・その祭りを初めて見たときは心が震えました。日本人がずっと大切にしてきて、いつのまにか忘れてしまった、神と共に生きるという日本人としての根源が息づいていたからです!そして神々しいエネルギー!自分も何か熱いものを感じながら、だんだんと清々しい気持ちになっていきました。
普通に生活しているとなかなかそんな気持ちにはなれません。そんな余裕もありません。毎日が失敗や辛いことの繰り返しだったりします。「そうだ!ダメなおじさんがお祭に参加していくことで変わっていく物語を作ろう!」そう思いついたのがこの映画です。リストラされてしまった小川さん、出戻り子連れの長女、認知症の母、役者志望で定職に就かない長男。本人も家族も問題だらけです。
1トンを超えるお神輿や担ぎ手の熱気、日本一の大太鼓の荘厳な響き、煌びやかなお囃子、そのどれもが小川さんの、そして人々の悩みや苦悩を包み込み、浄化してくれるのです。いま精神的豊かさを求める時代へと変わろうとしています。そのために、日本人は、日本人であることを思い出せばよいのだと思います。そこには必ず神社とお祭があります。
祭と共に生きていく。小川さん一家の物語は始まったばかりです。
監督コメント
「家族」という存在は、身近であるがゆえに普段あまり意識することがありません。だからでしょうか、なんとなくわかったつもりでいた「家族」の新たな一面を知ったときなどは、「この人はこんなことを考えていたのか!?」と驚かされてしまうことがあります。
身近だからこそ見えないものも多い。それが、「家族」という存在なのかもしれません。
本作『くらやみ祭の小川さん』で私が描きたかったのは、そんな「家族」と「出会い直す」ことになる主人公の物語でした。
母、娘、そして妻の想い……これまでは仕事にかまけて向き合うことをおろそかにしていた「家族」の様々な姿に直面した主人公は、あらためて「家族」と向き合い、「出会い直す」ことで、自らの姿をも見つめ直すことになっていくのです。
いま思えば、私自身がここ数年のうちに父と祖母を亡くし、「家族」との様々な別れを体験したことが、そんな物語を描く原動力になっていたのだと思います。
どんな時代でも、大切なのは「人と人の繋がり」だと思います。
たとえ普段は一緒にいなくても、大切な人をちゃんと大切に想いながら生きていきたい、そう思うのです。
もちろん、そうはいってもなかなか簡単にはうまくいかないのが人生ですが、それでもそうありたいと願うことは、やはり大切なことだと思うのです。
本作『くらやみ祭の小川さん』は、私たちスタッフとキャスト、そして、府中のみなさんが一緒に作り上げた映画です。
これまで出会うことのなかった人と人が繋がって、映画の撮影がスタートし、それぞれが力を尽くして、無事に完成へと至ることが出来ました。
ぜひとも、全国ロードショー公開にむけて、そしてさらには、海外での配給・公開にむけて、応援よろしくお願いいたします!
府中から始まった幸福な輪が、映画を観てくださる観客のみなさんにも繋がり、少しでも大きく、少しでも遠くまで広がっていくことを願っています。
監督・脚本 浅野晋康